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匿名
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【日本国紀】
ヒストリーの語源はストーリーじゃない。どちらも語源はラテン語のヒストリア
父親が天皇じゃなくても男系だよ。ちょっと酷いんじゃないかなコレ…



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[1018] 匿名

2018/11/14 0:26

イイ感じに過疎ってきたので、ここで少し近い大戦中に起きた身内事件について。
私の父は昭和18年前後くらいに傷害事件を起こしました。当時高校生で、初犯で相手側がかなりヒドイ、という事で警察で双方の両親を呼び出して、厳重注意という処分でした。わかりやすく言えば喧嘩両成敗で親はしっかり監視しろ、というものです。
この事件は子供の頃から聞いてましたが、酔っ払ってゴキゲンになると、兄貴は偉い、という話とセットだったのでどうせフカシだろ、と思ってました。
しかし、前の嫁が私の身元調査した時、父の前歴からこれが出てきました。これ聞かされた時、たまげた。父の言ってた事は本当で、しかも当時、父は広島市に住んでいました。焼けてなくなっているはずなのに、これ残ってたんですよ。しかも罪状も軽く初犯なのに。
意外と接待係(慰安婦)や徴用工も残ってるかもね。記録として。



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[1017] とりドメマホーン

2018/11/14 0:04

過去の戦争と比べて飛躍的に死傷率が上がったのが第一次世界大戦。



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[1016] 書記長

2018/11/13 20:06

>>1015

「さんざっぱら食われました」で思い出した。アホウドリはともかく生き残ったが、ステラーダイカイギュウは絶滅してしまった…恐るべしロシア人。

アホウドリやステラーダイカイギュウは「食うために」襲われて、ステラーダイカイギュウの方は絶滅してしまった

リョコウバト、こちらは食うためではなく、たんに「楽しみ」「遊び」で絶滅してしまった。やりきれない。恐るべしアメリカ人。



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[1015] 書記長

2018/11/13 3:21

>>1014

米捕鯨船乗組員や明治期の羽毛採取業者にさんざっぱら食われましたからねぇ(T-T)

アホウドリは可哀想でニワトリはいいのか!?って話になっちゃいますかね。

↑この明治期の羽毛採取、政府に「北緯○度東経■度に無人島を発見、私何の誰平が羽毛採取事業を行いますので登録願います。」ってな申請を行って羽毛採取事業が盛んに行われました。利益が莫大だったからですが、地図上にプロットしてみると、ハワイ諸島の一部までも「無人島発見」で申請してやがりました。日本人のバイタリティって…



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[1014] 匿名

2018/11/12 15:14

>>1013

鶴に近いサギ、アホウドリを食えば判明するでしょうね。
捕獲の容易なアホウドリなら、小笠原の無人島にいますよ。レッツ捕獲、海上保安庁には気をつけて。



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[1013] 書記長

2018/11/11 21:58

いまに遺されている文献のメニューには『鶴』がよく登場する。記録に残されるのだから特別な祝いの膳だとは思うが、鶴、結構でかい鳥だし相応に可食部分も大きい。

祝いだから敢えて食ってるのか、美味しいから食ってるのか。どっちなんだろう、旨いのか?鶴って。



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[1012] 書記長

2018/11/11 21:01

>>1011

伊達政宗と前田利家は、大名としては珍しく自ら包丁を取り料理を作る人であったそうだ。どんなメニューだったのか、気になるところ。



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[1011] アイス

2018/11/11 11:19

>>1010伊達が徳川家光に江戸城に呼ばれて晩御飯を作ることになった。伊達政宗は、得意の魚料理を作り振る舞ったところ、毒味役のものが家光の食事を食べようとしたところ、家光は、その必要は、ないとして、すぐに料理をたべはじめた。それを見た伊達政宗は、10年前なら上様を狙ったかもしれないが今は、もうそのような感情は、ないとして、伊達家のことをたのむと家光にたのんだそうだ。伊達政宗が死んだとき江戸城には、反旗がかがれられて、戦国時代から生きてきた強者を幕府は、悲しんだそうだ。藤堂高虎もちなみに江戸城から国元には、帰らせてもらえなかったらしい。こんだけ伊達政宗と藤堂高虎が幕府にとって大事やったかということだが、福島正則と加藤清正とは、偉い違いがないか。



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[1010] アイス

2018/11/11 11:11

>>1009片倉小十郎が兵隊を集めにかかると、噂を聞いた東北の農民たちが義勇兵として志願をしてきたのだ。真田幸村の娘を総大将にして幕府を倒せと怒りをあらわにしたのだ。それを聞いた水戸光國は、仙台に出向いて伊達政宗を説得して、江戸城で大坂の陣をぶり返す幕府の行為を批判して伊達政宗が連れて帰るのを見つけれなかったのなら幕府の負けを認めないとならないと怒りをあらわにしたのだ。こうして次男と娘をはじめ、伊達家にたいしても幕府は、不問に伏すとして許したのでした。



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