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PL炒飯


昭和57年?から平成11年迄、研志寮で作られて居た伝説の献立。

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匿名
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[5] 匿名

2018/2/13 1:10

清原の部屋子だった橋本清は清原にフルーチェ作ってやってたって証言してたぞ(笑)



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[4] 匿名

2017/8/30 15:02

【伝統の「PL炒飯」で親孝行】
夕食後、上級生の要求で、伝統の献立「PL炒飯」を何百回と作らされた、と言う話に為ると、中村も乗って来た。「彼の焼飯な!僕は帰省する部員達に『帰ったら御父さん御母さんに焼飯を作って、親孝行して来い』って言ったんだ。其れで、親御さんから喜ばれたと言う報告が有りましたよ。『此れ迄何もしてくれ無かった子が、こんな事をしてくれた』とね」そして話は、上級生、下級生の縦の関係を団結力強化に如何繋げて行ったのか?と言う話へと広がって行く。



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[3] 匿名

2017/8/24 1:52

何とも簡素な献立だが、清原和博も取材の中で語る事も在った“PL炒飯”は、何時から伝わった献立なのだろうか?大西は「何時からでしょうね?」と解ら無かったが、伝手を辿ると其の起点が明らかに成った。発案者として名乗り出たのは清原・桑田の1学年上の主将だった清水孝悦。「正確に言うと、油の代わりに蛋黄醤を使い出したのが僕からと言う事です。僕も下級生の時は先輩に炒飯を作って居ましたが、其の時は普通に油を使って居ました。でも、油だと御飯が中華鍋に引っ付き易く、其れで蛋黄醤に替えて見たら全然引っ付か無い。元々、僕が蛋黄醤好きと言うもの在ったんですけど、『此れは良ぇ!』と成って、其れからですね。付き人に教えて作らせたら、他にも広がって行った見たいです」更に清水は、其れ迄塩&醤油だけだった味付けに、炒飯の素or大蒜等を入れて深みを増量。具材に就いても、当時の寮の食事は業者が出来合いの品を配達する体系で、其の中から炒飯に使えそうな物が在れば取り置きして居たと言う。「例えば、煮物に鶏肉が入って居たら、其れを1度洗って炒飯に混ぜたりね。味噌汁の具も汁を捨てて、笊で洗って使って居ました」炒飯を作る時機だが、夕食時に上級生が注文する時も在れば、夜食として23時に作る時も在った。



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[2] 匿名

2017/8/23 2:02

調理経験世代

第30期(昭和59年度卒)岩田徹
第31期(昭和60年度卒)清原和博、桑田真澄、松山秀明、今久留主成幸、内匠政博
第32期(昭和61年度卒)霜村英
第33期(昭和62年度卒)立浪和義、野村弘、橋本清、片岡篤史
第34期(昭和63年度卒)宮本慎也
第35期(平成元年度卒)野々垣武志
第36期(平成2年度卒)入来祐作
第37期(平成3年度卒)坪井智哉
第38期(平成4年度卒)今岡誠
第39期(平成5年度卒)松井和夫
第40期(平成6年度卒)大村三郎、宇高伸次
第41期(平成7年度卒)福留孝介、前田忠節、辻田摂
第42期(平成8年度卒)前川克彦、荒金久雄
第43期(平成9年度卒)小林亮寛、前田新悟
第44期(平成10年度卒)大西宏明、平石洋介、上重聡
第45期(平成11年度卒)田中雅彦、田中一徳、七野智秀、覚前昌也
第46期(平成12年度卒)中尾敏浩、加藤領健
第47期(平成13年度卒)今江敏晃、小斉祐輔、桜井広大、朝井秀樹



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[1] 匿名

2017/8/22 19:31

【材料】
《1人分》
@御飯(2合位)。
A卵(2個位)。
B腸詰(2本位)。
C『中華味』(少量)。
D刻み葱(多量)。
E醤油(適量)。
F新味醤油(適量)。
G蛋黄醤(適量)。
H塩胡椒(適量)。
I『炒飯の素』(1袋)。

【調理法】
U+2776卵を半熟程度に炒めたら、別の容器へ移す。
U+2777腸詰を小さく切って炒め、醤油&新味醤油で味付けし、又別の容器へ移す。
U+2778油の代わりに蛋黄醤を中華鍋に引き、御飯を炒める。
U+2779先程の卵&腸詰を加え、軽く炒めた後『炒飯の素』を入れる。
U+277Aもう1度、醤油・新味醤油・塩胡椒で味付けした後『中華味』を投入し、混ぜ炒める。
U+277B刻み葱を入れて完成。



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